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ストレス解消と浪費

以前の自分は完全にそうだったんですが、日頃のストレスを解消するために少なからぬお金を使う事はよくあると思います。

 

飲み、どこかのイベントで数千〜数万円払う、等々。

 

しかしこういうストレス解消方法だと何が問題かと言うと、当然ですがお金が貯まらない。

 

news.mynavi.jp

 

こんな記事もありまして、半分が「貯蓄ゼロ」ってのは流石に嘘だろうとは思いますが思ったように貯蓄出来てない人は多いんじゃないかなと思うんですよね。

 

世間では消費を煽るような広告や文言が溢れかえり乗せられるがまま、惰性で消費する・・・。

ここ数十年の日本社会はそんな感じかな、と。

 

1. 日頃のストレスを浪費する事で解消してしまう

2. 日頃のストレスを浪費しないで解消する方法を考え、それを習慣にしてしまう

3. そもそもストレスを感じない、解消する必要の無い状態にしてしまう

 

1 → 2 → 3と変えていくのが理想だと思います。自分はようやく2になりつつあるかな、って感じ。

 

3は極めて難しいかと思いますが、心の底からこうなりたい。

 

一応好きな事を仕事にしているつもりですが、どうしてもストレスはありますからね。

理想の状態への到達は、まだまだ遠い・・・。

数学の勉強を久しぶりに再開しようかなぁ

新卒からずっとソフトウェアエンジニアをやっております。

正直、数学が必要になるかと言われれば、「必ずしも必要ではないけど、知識として習得しといた方が何かと役に立つ」という認識です。

 

数学よりはJavaPHPのようなプログラミング言語、Spring等のframework、SQLLinux、ChefやAnsibleのようなプロビジョニングツール、JenkinsやGitみたいな構成管理ツールの学習をした方が業務に直結するのは確かですし、どうしてもこういった技術の学習を優先してしまいます。

(ちなみに↑で挙げたのは仕事でよく使ったり、より知識を深めたい技術群)

 

が、論理的思考力を鍛えたり、解析や機械学習関連の業務をやる事になったら、高校数学レベルは勿論、大学レベルの線形代数統計学微積分、情報工学系の授業で出てくるアルゴリズム・データ構造の知識が無いとしんどい・・・。そして大学レベルの数学は高校数学レベルが理解できていないと無理無理無理。

 

私は工学部の情報系出身なので、上記のような項目を学んできましたが、久しく触れていないとどうしても忘れてしまうんですよねー(汗)

 

まぁ、仕事で役立つ・役立たない以前に、純粋に学び直したいんですよね。知的好奇心ってやつです。

 

タイトルでは数学と言ってますが、数学だけでなく、歴史や日本の文化関連の事も学びたいし、もっともっと本も読みたい。哲学とかも勉強したい。

 

不思議なもので、社会人になってからの方が、色々な事に対する知的好奇心は増す一方なんですよね。学生の頃からこういう気持ちがあれば良かったのに!!

 

まぁ、社会人になって「もっと学生時代に色々勉強していれば良かった!」と言っている人は結構いるようなので、そんなものかもしれないですね(´・ω・`)

 

「歴史や古典なんか勉強してどうすんだよ。過去の事なんて知らんがな。俺らは21世紀を生きるんだぞ!」とか浅はかな事を言っていた中学~高校の頃の自分に説教をしたい・・・。

 

学生の皆さん、勉強は積極的にしておいた方がいいですよ~~・・・・。社会人になると学生時代ほど時間は取れませぬから・・・。

明日から新年度ですね

明日から2017年卒の人は社会人生活がスタートですね。

 

期待と不安に胸を膨らませている人が多いかと思います。(最近のご時勢からすると、不安の方が大きい?)

 

月並みですが、社会人を何年か続けて感じた事をつらつら書いてみたいと思います。

 

あなたが入った会社が全てではない

ブラック企業でなくとも、「社会人として責任」だの「仕事に誠意を持って」だの「社会人としてのマナーを」と言った事を新人研修と称して教育(洗脳?)してくると思います。

また、入社前に泊まり込みで合宿みたいな事をさせて、大声出させたり、訳分からん社則を読ませたり、くだらない事をさせられた人も既にいると思います。

 

自分が新卒で入った会社もまさにこれで、明らかな労基法違反をするような会社ではなかったのですが、経営者が上記のような事を何故かやたらと有難がってる連中で、自分には合わないと入社してすぐに思いました。(他にも馬鹿じゃねーの?と思うような事をやたらと言ってくる)

 

自分の場合は色々な会社を見たり、他社に常駐して仕事をする機会が多かったので、決してこんな会社ばかりではない事は肌で感じていましたし、新卒で入社した会社の異常性をより強く実感できる環境でありました。

 

それと同時に、より自分に合った働き方ができる場所は必ずある、という事も感じていました。

会社に限らず。

 

自分に合わない会社で我慢を続ける必要なんてないのです。後輩で1年経たずに会社を辞め、その後元気にやっている人はいくらでもいます。

 

転職をしてしまえばより実感できますが、会社なんて辞めてしまえばその会社の関係性やくだらないルール、しがらみなんて消えて無くなってしまうのです。

 

そんなに深刻に考える必要は無く、自分に合えば続ければ良いし、合わなければ環境を変えればよいと思います。

 

何とかなるさ

ぐらいに思っておきましょう。仕事に限らず、人生に対してもそう。

自分のやっている事に対して真剣に向き合う事は大事ですが、あまり深刻になりすぎてもいけない。疲れてしまいますし、何よりも生きていて楽しくない。

これに関して自分もまだまだなんですけどね。ついつい物事を深刻に考えすぎてしまう癖がある・・・。

自戒も込めて、

 

「気楽になりましょう」

 

http://meigenbako.tumblr.com/post/11389689621/この世は通過するだけのものだから-あまりきばる必要ないよ

meigenbako.tumblr.com

 

天や崇高な存在に身を任せる

最近思うのは、日々過ごす上でどういう気持ち・心持ちでいるべきなのだろうか?という事。

 

色々不安な事もあって、未来の事を考えて憂鬱になったり・・・。

ただ、未来って飽くまでも現実には起きていない、自分の頭の中だけの妄想なんですよね。だから考えるだけ無駄、なるようにしかならない。

 

頭では分かっていても、中々こういう精神状態から脱却できない。

 

「ニューアース」という書籍では、これは過去の苦痛の記憶から引き起こされるエゴ、なんていう言い方をしている。

過去や未来に囚われ、頭の中にしか存在しない妄想と自分を同一化して、自分で地獄を作り出している、と。

 

「ヴァガバット・ギーター」では絶対神クリシュナは「全てを我に任せよ」と言った。

「ニューアース」では著者エックハルト・トール氏は「大いなる存在を意識し、今に在りなさい」と言った。

 

「自分であれこれ頭の中で考えても仕方がない。なるようにしかならない。自分に出来る事を淡々とやろう。」

 

頭では理解していても、ついつい不安に取り憑かれてしまう自分は、まだまだ「エゴ」に囚われ、自分よりも大きく崇高な存在と一体になっていないという事なんでしょう。

 

子供の頃は「宗教なんて妄想。心が弱い証拠」なんて本気で考えていましたが、宗教に嵌ってしまう人間がいるのも理解できるようになってきた。

 

ただ、宗教や教義を盲信し過ぎるのも、エゴ、同一化なので、考えものだと思いますが。

大学の研究の意義

結構前になるんだけど、

 

togetter.com

 

というtogetterのやり取りを見てて、「なるほどなぁ・・」と色々納得させられた。

自分も大学院で修士まで研究をして得たものは何だったのか、逆に早く就職しておいた方が良かったんじゃないか、などなど当時あれこれ考えました。

 

まず、自分は大学で情報工学課程を専攻していて、研究活動をしていて得られたものは多々あるけど敢えて一つ挙げるとすると、

 

「自分がインプットしたものを、どうアウトプットすれば良いか?どうすれば(限れた時間、文字数で)相手に伝わるか?」

 

という点ですかね。

 

多分今もそうなんだけど、日本のテスト編重の学校教育ではアウトプットのノウハウはまず身に付かない。基本的には教科書を暗記して、出題された問題に一定のフォーマットで解答する事がメインだからね。

 

けど、研究の場合、いくら多くの知識を詰め込んで、画期的なアイデアを出したとしても相手に伝わらなければ全く意義はない。

「こうすればよい」という、単純で分かりやすいフォーマットも無いので難しい。

 

実際、先生方には発表の仕方、論文の書き方、構成で散々駄目出しを喰らいましたw

正直、今思い出しても少し気分が悪くなるくらいw

(いや、先生方には感謝してますよ?得られたものも多くありました)

 

で、こういうアウトプットのスキルって社会人になっても必要不可欠。

 

仕事の状況や、問題点、見通しを報告する時に、良い伝え方をするのとしないのでは相手への伝わり方が全く違う。仮に同じ事を言っていたとしても。

 

「相手は自分と同じ前提(知識や状況)を持ち合わせていない」という事をしっかり頭に入れておかないと論理飛躍が起こり、相手には「?」となってしまう。

 

これ、本当に難しいんですよね。自分も今もついついやってしまう事がある(昔よりは幾分マシになったとは思う・・・けども)

 

リンク先で卒業研究の意義を語っている方は「世の中をもっと発展させるため」と、若干大きい話をされていますが、「アウトプットの方法論を鍛える」というもっと身近なスキルを習得する上でも非常に意義はある、というのが自分の理解です。

 

ただ、今思うのは社会人の2年と大学院の2年は、自分からすれば社会人>大学院でした。

まぁ、自分の研究室の過ごし方があまりよろしくなかっただけ、かも知れませんけどね。

アポなし訪問になんて対応する必要はない

進学や就職で実家を離れて一人暮らしをしていると、1度は経験あるんじゃ無いかと思います。

アポなし訪問。

 

大概は変な宗教や勧誘、NHKなんですけどね。

インターホンが鳴らされると「出なくちゃ」と思ってしまう真面目な人ほど被害に遭います。

 

まず人としてありえないですよ。こいつら。

こういう連中って、インターホンを鳴らしたり、ドアをドンドン叩く【だけ】か、せいぜい「ごめんくださーい」と言うだけ。

 

あのさ。それでお前らの何がこっちに分かるわけ?

訪問者を装った強盗かもしれないし、女性が住んでいると知った上での強姦目的の鬼畜かもしれない。

ちょっと極端な例かも知れないけど、特に首都圏では可能性は決して0ではない。

 

だからこそ、訪問者が素性を晒してこちらの警戒を解くのは義務なわけですよ。人として当たり前の行動なんです。

 

何でそれをしないの?素性を晒すと困るから?まぁ、特にNHKの集金人はそうですよね。

屁理屈こねて受信料を徴収するという、詐欺と変わらない仕事をしているわけだから。

 

アポなし訪問に対応する義務なんて無いのだから、堂々と無視すれば宜しい。こんな非常識な連中に良心を感じる必要なんてありません。

 

一人暮らしを始めたばかりの方はお気を付けくださいませ。

我々が思っている以上に、世の中クズは多いものです。

Mavenで自作のarchetypeのcatalogファイルを作成する方法

最近Mavenを改めて勉強しているので、備忘的にメモ。

 

自作のarchetypeを作成して、mvn installを実行後、

~/.m2フォルダ内で

 

mvn archetype:crawl

 

を実行。

 

そしたら~/.m2/repository内にarchetype-catalog.xmlが作成された。

 

こいつをeclipseMaven Projectを生成する時に、default localで指定すればeclipseからも自作archetypeを使用してプロジェクトを作成する事が出来る。

 

コマンドラインでプロジェクトを作成する場合は、catalogを作らなくても-DパラメータでgoupId等を指定して作成すればOK